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希学園講師コラム のぞみの広場

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「あたりまえ」について

No.40 2014年11月01日
希学園 理科講師 村上 貴志


さぁ、受験本番まであと100日を切りました。6年生の皆さんは、不安を抱えつつも、日々勉強に勤しんでいると思います。さすがにこの時期、勉強から逃げようなんてことはもうありませんよね。そう、「あたりまえ」のように勉強をしていると思います。まだ6年生を迎えていない皆さんはずっと先の話だと思うかもしれませんが、今から私がここで述べることを知っておくに越したことはないと思います。

皆さんからすれば、「あたりまえ」とは何ですか?ご飯を食べたり、寝たりするのは「あたりまえ」ですよね。ちなみに、あらかじめ言っておきますが、私は受験勉強で寝ないのだ、なんていうのを「あたりまえ」のように言っても、まったく自慢にはなりませんからね、しっかり寝てください。では皆さんが勉強をするために、お父さんやお母さんが働いたり、ご飯を準備してくれることは「あたりまえ」なのでしょうか?

人は普段、何の苦労もなく与えられているものを「あたりまえ」だと思ってしまうところがあります。そして、その「あたりまえ」のありがたさを失って初めて知ることがほとんどなのです。「あたりまえ」は、「有り難い」ことなのです。漢字の意味を考えてみると、矛盾していることがわかると思います。「有ることが難しい」、つまり、「あたりまえ」ではないのです。

今一度、身の周りにある「あたりまえ」だと思っているものについて振り返ってみてください。そして、その事柄について、失った場合を考えてみてください。何が有り難いものなのか、わかると思います。今すぐに働けますか?ご飯を準備できますか?まだ先の話ですが、自分以外の人の生活も支えることは、本当に大変なことです。そのことに対して、有り難いと思えることは、とても大切なことです。間違ったことをすれば怒られる、これも「あたりまえ」なのでしょうか。怒ってくれる人は、あなたの間違っているところを正そうとしてくれている人です。あなたに興味が無ければ、怒りません。その有り難さについても振り返ると、今やるべきこともわかってくるのではないでしょうか。

「あたりまえ」に対する「有り難い」という想いを、時として忘れることもあるでしょう。しかし、それは絶対に捨ててはならないものなのです。あなたが勉強できるようにするためにお父さんやお母さんが働いてくれること、ご飯の準備をしてくれること、これらに対して有り難いという感謝の念を忘れているならば、今この場で思い直していただけると有り難いです。


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