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合格体験記

2018年春入試 第26期生 合格体験記

この合格体験記は第26期生ならびにその保護者の方の生の声をそのまま掲載しています。
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2018年10月16日更新

 保護者からの寄稿

スーパー八冠王に感謝

 ようやく、我が家の長かった中学入試が終わり、足かけ9年間におよぶ希学園への通塾を終えました。ちょうど3学年ずつ違う、3人の息子たちが入れ替わりでお世話になりました。

 9年前、東京での転勤を終えて泉州に戻ってきたとき、長男は4年生でした。公立中学に行けば高校入試の頃には反抗期で、親の言うことも聞かず、どんな進路を選ぶかわからないので、素直なうちに中学入試を経て道筋をつけておいたほうがいいのではと考え、新しい小学校に慣れた頃から塾を探しました。大手塾の進学状況を見比べて、塾生数に対する灘中合格者数がずばぬけている希学園が目に留まり(その時は灘中に子どもを入れようと思っていたのではなく、単に私立中学の知識さえなく、灘中しか知らなかったのです)、今でこそ大阪南部にもいわゆる大手進学塾が進出してきましたが、当時は近くにはなく、偶然にもかろうじて一番近くにあったのが希学園でした。それでも、自宅からは電車とバスを乗り継いで通わなければなりませんでした。
そして、4年生の夏から、長男が、いえ、我が家が、希学園生活の第一歩を踏み出しました。まさか中学入試が、こんなにも厳しい世界だとは知らずに。

 入塾時、志望校を書かなければいけないことに驚き(今思えば、書いて当たり前ですよね)、とりあえず、恐れ多くも灘中を第一志望に、あとは自宅から最寄りの清風南海中と、偏差値表を見て書くという、お恥ずかしい状況でした。

 長男の希学園時代は、まだ三男が幼稚園に入園したてで、夜は早く寝させなければならなかったり、生活リズムが違ったりで、塾のお迎えや宿題を確認するのに苦労しました。主人の協力が大きかったと思います。公開テストの結果には一喜一憂しないようにと希学園の先生には言われているにも関わらず、露骨に一喜一憂してしまう私の横で、子どもに冷静に、「ここはこれでいい。次はここに気をつけよう」と声をかける主人に、私もセーブされたのは9年間で数えきれません。
 長男はスローペースではありますが、言われたことはきちんとする素直な性格で、宿題が回らなくて、泣きながら深夜までしていたこともたびたびでした。5年生の時、森下先生に算数の成績を伸ばしていただきましたが、6年生では灘コースの資格には毎期ぎりぎり間際に滑り込む状態でした。国語に足を引っ張られましたが、今はおられないチューターのU先生が、細かいところまで優しく指導してくださり、徐々に国語も人並みに取れるようになっていきました。そして最後には灘コースの先生方に、灘中合格へ導いていただけたのでした。

 長男が頑張ってくれたおかげで、必然的に次男も灘中を第一志望校として胸に抱き、引き続き希学園にお世話になることになりました。

 次男は要領がよく、自分の思った通りに物事を進めて、順調に成績を伸ばしていきました。
 アップアップしていた長男に比べ、さっさと宿題をすませて、サッカーやゲームまでしている次男を見て心配になり、チューターの江見先生に、もっと課題を与えてくださるようにお願いしましたが、せっかくやるべきことはやっているのに、さらに課題を与えると本人がやる気を失くします、というお言葉をいただき、先生のおっしゃる通りだと納得しました。
 希学園の課題だけでなく、算数オリンピックファイナル参戦や、学園長杯争奪テスト大会総合1位をいただくなど、貴重な思い出を残してくれました。そして兄の後を追って、灘中へ合格。

 そして、幼稚園児の頃からお兄ちゃんたちのお弁当を届けていた堺東教室についに入塾することになった三男。我が家ではずっと赤ちゃん扱いされているのに、本人の目標はもちろん灘中。こうなったら、私もなんとか行かせてやりたいと思いました。
 上下かなりばらついた成績を取りながらも、5年生の最後には意外にも公開テスト十傑に入るなど、大きな不安と少しの期待をもって6年生に進級しました。チューターは、長男の時からお世話になっていた松田先生。「松田先生なら算数はもう大丈夫や」と長男に言われ、私も安心してお任せすることができました。「灘中に入れるつもりです」と最初に言っていただき、私自身がとても励まされました。6年生になると、上の子たちにしたように、それまでリビングに置いていた学習机を、二階の子ども部屋に入れて、一人で勉強するようにさせました。今思えば三男に関して言えば、それが失敗だったのです。その後春には成績が急降下。焦る気持ちに追い打ちをかけるように学校で右手首を骨折し、5月末まで1か月のギプス生活を強いられました。その後松田先生にお願いしてリビングで勉強するよう言っていただき、私がいくら言っても決して戻さなかった学習机を自らリビングに戻したのは、三男が松田先生に対して絶対的信頼感を抱いていたからにほかなりません。
 しかし、すぐには、成績は戻りません。ベーシックのクラスはPC3、志望校別特訓[第V期]の灘コースの下限値が取れなかったのです。本人が初めて突っ伏して泣いたその姿が忘れられません。私も、灘コース夏期合宿や夏のプレ灘中入試の申し込みを保留にしていたので、松田先生にご相談したところ、授業はきっちり聞けてついてくることができているので、合宿とプレ灘中入試の結果を見てから考えましょうとおっしゃり、有難いながらもとても肩身の狭い思いで灘コースに残留させていただきました。夏休みに突入してからは夏期早朝サポートルームで復習テストをやり直し、志望校別特訓の宿題に力をいれ、夏期講習、ベーシックの授業と、ほぼ希学園に入りびたりの生活。でもやはりそれが成績を伸ばすのには一番確実な方法なのです。家では一体何をしていたのかと思うほどでした。二度と行きたくない、という灘コース夏期合宿を耐え抜き、夏のプレ灘中入試で合格。公開テストの成績でも灘コースの下限値をクリアできたのです。それからは、国語に不安を残しつつも公開テストの成績は上昇、志望校別特訓のクラスもN1クラスの上位を安定してキープすることができました。
 灘中合格率は50%でしたが、お正月のプレ灘中入試も合格し、志望校を変える理由はなにもありませんでした。それでもやはり不安はありました。居ても立っても居られない時は、冬休み前に学園長が保護者宛てに送ってくださったお手紙の中の、『まず保護者の方がご自分の感情をぐっとこらえて、覚悟を決めていただいて、「この子なら必ずやり遂げてくれる」とお子さまのことを信じていただくこと、肝っ玉母さん、肝っ玉父さんになっていただくことが大事です。…』という文面を読み返し、ぐらつく心を落ち着かせました。どんなにかあの手紙に励まされたかしれません。
 そして迎えた本番。入試当日は灘中近くのカラオケボックスでミニ講義が行われます。そして最後に学園長から、本番を迎える子どもたちへの熱いメッセージ。いえ、そんな安っぽい言葉では言い表せません。きっとこれまでも、何度も子どもたちには同じ言葉をかけてきてくださっているはず。希学園で学んだ全てを込めたメッセージをもって送り出してくださるのです。それを聞いて、勉強だけではなく、親として子どもに伝えなければならないのに伝えられていない多くのことを、そして「克己」の大切さを、希学園で教えていただいてきたのだ、学園長にお任せして良かったという気持ちが、入試前にもかかわらず、心の底から溢れ出てきました。学園長のこの言葉を息子たちとともに、三度も聞かせていただくことができ、私は本当に幸せだと思いました。

 手応えは感じていたようですが、結果は不合格でした。親としてはこういう結果も十分に想定していましたが、いざ東大寺学園中の入試を終えて出てくる我が子に、どのように伝えれば良いのか。長男の入学から6年間、灘中のあらゆる行事に参加し、校歌まで口ずさめる、3人の中できっと一番灘中に行きたかったであろう三男の気持ちを考えると、本当に辛いものがありました。合格発表を見に行ってくれた、長男、次男、主人も、同じ気持であったに違いありません。今まで誰も経験したことのない、不合格。涙にくれる三男とともに、長男、次男も涙を流し、同じように希学園で勉強してきた同士しかわかり合えない思いがあったのでしょう。兄弟の存在をこんなにも心強く、有難く感じたことはありませんでした。
 その後、幸運にも、第二志望校である東大寺学園中に合格させていただくことができました。合格発表会場で待っていてくださった学園長が瞳を潤ませてくださったのを見て、胸が熱くなりました。多くの先生方の誰一人からとして慰めの言葉はなく、しかし全員が新たな中学生活へのエールを送ってくださいました。そして、またしても三男は先生方のお言葉を素直に受け入れ、前を見据えたように見えました。

 公立小学校に通い、4年生で入塾するまで特別な勉強をしていなかった息子たちの学力は、希学園の先生方の、ひとりひとりに応じたすばらしいご指導により灘中の受験まで導いていただき、その結果、長男、次男のスーパー三冠王、三男のスーパー二冠王、(三人合計スーパー八冠王?)をいただくことができたのです。
 例年中学入試が済むと、希学園では入試結果の分析に基づき次年度の方針が示されます。毎年のように細かなカリキュラムや指導方法の変更が行われ、それがまた確実に、すべての先生方に徹底され、実施されます。宿題プリントの先生からのコメントの端々にはそれがはっきり見て取れます。そして数々の入試データから導き出された希学園の入試実戦テストやプレ入試の判定の精度の高さは、年ごとの受験者数の増減などに影響されることがありません。学習カリキュラムも、入試直前に最高の状態に仕上がるように計算しつくされています。
 そして、何といってもマンモス塾と違い、親と子、どちらにとっても、先生方との距離がとても近いのです。チューターの先生に、時間を気にすることなく相談できるサイボウズLiveも心強いものでした。反抗期に入り、なかなか思うように子どもとの関係が築けないときでも、先生方のおっしゃることは素直に聞いてくれます。○○先生から電話があって、こんなふうにするようにおっしゃっていたよ、とか、懇談ではこう言われたよ、とかいうセリフを(多々)使わせていただいた時も、こちらが罪悪感を持つくらい、「うん、わかった。他になんて言われた?」と素直に返事する我が子たち。
 希学園とぷっつりとご縁が切れると思うと、費用の負担から解放される安堵感はありますが、私の心にはぽっかりと穴が開いたようなさみしさが・・。

 私はとても呑気な性分で、子どもの受験に際しても希学園の先生方にお任せしっぱなしだったので、熱心なお母さま方が沢山おられる中で、これと言ってお伝えできることはありませんが、ポリシーとしていたことが一つあります。それはメリハリのついた勉強をさせる、ということです。4年生、5年生(後半はやや厳しいものがありましたが)の間は、日曜日は日々の計算と漢字以外はしないで遊ぶ日と決め、多少しんどくてもその他の日にやるべきことは終わらせるようにしました。たまには希学園をお休みして旅行やスキーも楽しみました。もちろん勉強道具を持っていくなんてことはさせません。WEB講義のおかげで休んだ授業も安心。そして6年生の一年間は覚悟を持って受験勉強に集中です。

勉強に関わったことといえば、
4、5年生では
・宿題は授業後2、3日中に1回目、次の授業の前日に2回目をするようにさせ、公開テストを気にするより、復習テストで合格点を取るように意識させました。習熟度確認テストにむけて勉強することで、さらに習ったところが固められます。
・宿題内容、質問は、すべて先生方にお任せしますが、漢字と宿題の丸つけは親がする。本人では丸つけも本当にいい加減なものです。似たような漢字を書いて(これが結構笑える)丸にしているし、計算では、字が汚くて自分の書いた6と0、4と9などを見間違えているのです。これは6年生になって1点の重みに気がつくまで直りませんでした。
・毎日、基礎計算問題集、5年生になってからは難問計算問題集(数問でもよい)をさせることによって計算大王での得点につなげる。
・一週間にひとつ、その週の国語テキストの中から好きな長文を毎日音読させる。タイムを計り、前日より早く読めるようにしていく。
・長期休暇中には、悪かった復習テストをやり直し、公開テストの間違い直しや過去問、希学園で受験する漢字検定の問題集を解かせる。
・理科の暗記には、サブノートや「固めなおし」のやり直し、家宝スーパー浅田プリント(浅田先生にお願いしてみてください)が最適です。

 6年生になれば、宿題を2回まわす余裕はなくなります。宿題を終えているかの確認だけになりました。まわらないときはチューターの先生に優先順位を指示していただきました。
あとは、健康に気をつけ、美味しいお弁当を作り、少しでも早く家に帰れるように迎えに行く。私がしてきたのはこれだけです。
 もし私のように呑気なお母さまがおられたら、参考にしていただければ嬉しいです。

 息子たちのこれからの長い人生の中でもこんなに勉強することはもうないかもしれませんが、最後まで中学入試を戦い抜いたことは、彼らがこれから生きていく上での自信となり、力となるに違いありません。
 黒田学園長、灘コースの先生方、堺東教室の皆さま、その他諸先生方、9年間本当にお世話になりました。これからも一人でも多くの希っ子と保護者の方が、第一志望校の門をくぐることができるように、心からお祈りさせていただき、お礼の言葉とさせていただきます。誠に有難うございました。

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