普通電車 灘中行き

普通電車 灘中行き

灘中学校

タイトル一覧へ

 僕は、新4年生の時に希学園に入塾し、各駅停車の電車のような地道な努力を積み重ねた結果、灘中学校に合格することができました。ここで、合格するまでの3年間を振り返ってみます。
〈4年生〉
 3年生の夏休みに母に勧められて受けた体験授業で、国語の先生の授業がとても面白く、4年生から希学園に入りたいと思いました。滋賀県の大津に住んでいる僕は、JRと地下鉄を乗り継いで40分ほどの通塾を3年間することになりました。最初は電車に一人で乗れることが楽しみでした。電車の中では車掌さんのアナウンスを聞いて覚えていました。
 成績はPC1からのスタートで、ベーシック国語・算数、最高レベル演習算数を受けていました。理科は家で通信教育をしていました。
 5月に灘中の文化祭に行き、鉄道研究部が面白かったのと、みんなが生き生きしていて楽しそうだったので、僕も灘中に行きたいなと漠然と思いました。並行してピアノや水泳、サッカーなどいろいろな習い事をしていました。
〈5年生〉
 僕は覚えていませんでしたが、5年生になるときに、このまま塾を続けて本当に灘中を目指すのかを父に確認されて、『やる』と答えたそうです。
 5年生からベーシック3教科と最高レベル演習に加え、灘中選抜特訓も受け始めました。クラスはほぼPC0でした。宿題はまだそんなに多いとは感じませんでしたが、僕は算数がそんなに得意ではなかったので、少し時間がかかってしまうことがあり、1週間に2回ある休みの日に宿題を終わらせるサイクルにしていました。やるとは言ったものの、まだ灘中へ行きたいという気持ちは漠然としていたと思います。また、5年生の途中から算数の松田先生がベーシックを担当してくださることになり、6年生を担当している先生というイメージがあったので、驚きました。このころ、たまに十三教室に行くときは京都駅から地下鉄で四条まで行き、烏丸駅から阪急に乗って友だちと一緒にしゃべりながら行くのが楽しみでした。
〈6年生〉
 ベーシック3教科、最高レベル演習、志望校別特訓灘コース、灘中トップ合格養成講座を受講しました。
《春》
 チューターは松田先生に決まりました。志望校別特訓を受けたり文化祭に行ったりする中で、灘中に行こうという思いが自分の中でハッキリとしたものになってきました。
 このころ、算数の問題が解けたときのすがすがしさを感じることができるようになり、算数が好きになりました。松田先生のおかげだと思っています。しかし、ミスに対する感覚がまだまだ鈍く、何度も同じ失敗を繰り返していました(そのおかげで後々よく苦しみました…)。
《夏》
 いよいよ夏がやってきたと思いました。夏期激励集会、決意表明の順番が最後の方だったので、壇上で他の人の決意表明を聞きながら、自分も早く決意表明をして気合いを入れようと思っていました。「灘中に絶対合格します」と宣言し、もう後戻りはできないなと思いました。
 灘コースの夏期合宿、同じチームだった3人のうち、僕を含む2人が体調不良になってしまい、体調管理の大切さを思い知らされました。会場がすごく寒いので、必ず上着を持って行くことをおすすめします。スピード強化演習で精度とスピードの両立の大切さ、ミスをしないことの大切さに改めて気づき、神経をさらに使わないといけないなと思いました。また、難問耐久力強化演習では、体調不良の中、チームが3位になることができ、「共走」の大切さを感じられました。
 夏期早朝サポートルームでは、朝からきちんと集中して宿題や中学への算数などの勉強をすることができるので、おすすめです。
 夏休み中、お弁当を昼と夜2食分を持って行っていたので、重かったです。母が毎食おかずを変えて作ってくれました。
《秋》
 2学期に入り、学校では運動会の練習があり、塾でもこのころに突然宿題が倍になり正直回すのは辛かったですが、自分で1週間の勉強計画表を作り、その日に学習することを整理しながら課題にあたりました。また修学旅行もあり、自分では変わりないと思っていたのですが、気負いすぎと疲れからか10月の灘中入試実戦テストでミスを連発してしまい、不合格になってしまいました。この経験で、本番の入試で同じ結果になってしまうと危機を感じ、気が引き締まりました。その後の四谷大塚の灘中模試は合格し、少しホッとしました。
 今後また宿題が増えるだろうと思ったので、12月までは学校では塾の宿題をしないように自分でルールを決めていました。何とか8時間睡眠も確保できました。睡眠はとても大切です。最後まできちんととるようにしましょう。
 12月に入ると、学校の休み時間にも宿題をすることが増えました。おかげで少しは楽になりました。
 ベーシックは灘になり、ミスを防ぐ力を試される宿題確認テストが行われ、ミスが多い僕は常に100点がとれるように気をつけました。またテストゼミも行われるようになり、このテストは入試の相関性があると言われたので、いつも以上に気合いを入れて取り組みました。
 この頃から時間短縮のためにJRで直接大阪まで行って、梅田から阪急で十三教室まで通いました。そして他の人よりも長い電車の中の過ごし方を指摘され、母の勧めで理科のサブノート編や国語の語句要覧を見るようになりました。もっと早くからすべきだったと思います。
《冬》
 入試対策になり、いよいよ入試が近づいてきたなと感じ、それまで以上に宿題確認テストやテストゼミを真剣にするようにしました。しかし、まだ僕は算数でミスが多く、松田先生に『その都度チェックの励行』・『問題文を読んでいるときにもう片方の手を動かす』こと、30点台を連発したときには学園長に『まずは50点を確保してから少しずつ積み上げていく』ことや、『一旦どんどん後回しにする』などのミスを防ぐ技術、テストの受け方を教えていただきました。すると、少しずつテストでミスをしなくなり時間配分も失敗しないようになりました。しかし、ミスの多さに波があり、これには最後まで苦しみました。
~いざ入試へ~
海陽中特別給費生入試
 国語:まあまあ。
 算数:簡単。
 理科:時間足りず。
 結果:合格。
 初めての合格だったので、とてもうれしかったと同時にホッとしました。
函館ラ・サール中入試
 国語:簡単。
 算数:簡単。
 理科:まあまあ。
 結果:合格。
灘中入試
 1日目
 国語:簡単。
 理科:一部時間が足りず。その他まあまあ。
 算数:全くわからなかった。30点台の感覚。
 1日目が終わって絶望的な気持ちで入試を終えて出てきました。後の合格発表の時、いろいろな先生に笑われるほどの顔色だったようです。
 その後、昼食をとってそのままの気持ちで岡本教室に向かいました。
 しかし、松田先生に「今年は辛い1日目だった。ここからどうやって気持ちを修正するかだ!」と言われ、ここで気持ちを切り替えないといけないなと思い前向きになれました。
 2日目
 算数:難しかったが、基礎点は取れた気がする。
 国語:まあまあとれた気がする。
 午後入試は受けなかったので、入試が終わると回転ずしを食べて、四条烏丸教室で自習する予定でしたが、疲れていたので行くのをやめて、家に帰りゆっくりしました。入試後は気持ちを切り替えて、翌日の東大寺学園中の入試のことを考えていました。
東大寺学園中入試
 国語:簡単。
 算数:思ったほど難しくは感じなかった、普通。
 理科:簡単。
 東大寺学園中の入試が終わった後、迎えに来た父が「灘中に急いで行こうか」と言ってくれ、合格を知りました(合格していたら発表を見に行く、不合格なら見に行かないと事前に決めていました)。合格できるかは5分5分だと思っていたので、正直うれしいという気持ちより、ほっとする気持ちの方が強かったです。また、テストの後の感覚と、実際の点数が逆だったので驚きました。1日目の感覚はあてにならないので、気にせず2日目に向けて頑張りましょう。
 2日後
 東大寺学園中、合格。
 最後の受験校にも無事合格したと知りホッとしました。

〈最後に〉
 僕を受験校4校すべて合格へと導いてくださった松田先生や学園長をはじめとした灘コースの先生方、四条烏丸教室でお世話になった国語の先生をはじめとする先生方や事務の方々、ありがとうございました。
 勉強は希学園と僕に任せて、送迎・お弁当作り・応援してくれた家族、ありがとうございました。
 また、僕はこの希学園で、勉強だけでなく焦らないことやあきらめないことを学びました。この経験を、今後の人生に生かしていこうと思います。

タイトル一覧へ
お問い合わせ

【受付時間】10:00~18:00
(GW・お盆・年末・年始を除く)

各種お問い合わせ窓口はコチラ