3月生まれでも頑張れる!

3月生まれでも頑張れる!

灘中学校

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 僕はこの度、第一志望校の灘中学校をはじめ受験した4校全てに合格することができました。
 この体験記が、後輩の皆さんの参考になれば幸いです。

<幼少期~入塾するまで>
 母の僕の出産予定日は4月下旬、僕は母のお腹の中で暴れまわり、早く広い世界に出たいと予定よりも早く3月末に生まれました。ここから僕の茨の道が始まりました。
 読み書き・計算・運動を日課に取り入れたヨコミネ式の幼稚園に入園しましたが、年少時は課題テキストに落書きをして、毎日をぼーっと過ごし、かけっこをしてもこけて帰るという日々でした(まさにビリギャルならぬビリガキ!)。年中時には、風邪から喘息が悪化し入院しました。そして、小学校受験の塾に入りましたが、ここでも何をするにも遅く、成績はクラスでビリでした。
 両親は小学校受験を諦め、中学受験を視野に入れ、大阪の塾銀座の町に引越しをしました。地元の小学校に通い、放課後は学校の友だちと遊び、スイミング、テニス、公文とS社に通っていました。

<3年生>
 夏休みに、初めて希学園の夏期講習に参加しました。国語の山下正明先生が授業中に話される雑学が面白すぎて興奮し、算数の山田慶先生の授業はとてもわかりやすく、感動して帰ったのを覚えています。夏期講習が楽しかった僕は、母に「希学園に入塾したい!」とお願いしました。母は4年生からの入塾を考えていたようで、他塾の体験にも行こうと言いましたが、僕は他塾のテストも体験も行かずに、希学園への入塾を決めました。そして公文をやめて、10月から最高レベル演習算数・国語を受講しました。2月~9月分のテキストも購入して冬休みに取り組み、4年生のスタートに備えました。

<4年生:ベーシック、社会特訓、最高レベル演習算数、灘クラブ特訓を受講>
 3年生最後の公開テストでこけてしまい、2月のベーシックのクラスはPC2で2Rでした。友だちがみんな1Rにいたので、絶対に1Rに上がろうと授業を真剣に聞き、宿題は必ず2回取り組み、4月からはPC0になりました。とても嬉しかったのを覚えています。この悔しい2か月があったからこそ、卒塾までPC0にこだわって頑張れたように思います。社会の礒辺先生の博学多才な授業の虜になり、社会特訓はずっと0組で公開テストは100点を取り、ほとんどの月が総合1位でした。理科の成績が安定していなかったので、社会と同じようにテキストのサブノートと授業ノートをまとめたオリジナルノートを作り、毎回ていねいに復習するようにすると、理科の偏差値が60以上で安定するようになりました。親は飛行機好きの僕に「公開テストで1位を取ったら、羽田空港1泊旅行」を約束してくれました。4年生最後の1月公開テストで なんと4科総合1位! 親は本当に1位を取るとは思っていなかったようです。春休みに羽田空港のホテルで滑走路の見える部屋に泊まり、展望テラスやホテルで朝から晩まで飛行機の離発着を見るという飛行機三昧旅行に連れて行ってもらいました(オンとオフの切り替えが大切! 6年生になるまでは、いろいろと旅行にも出掛けました。様々な経験が知識につながりました)。

<5年生:ベーシック、最高レベル演習算数・理科、灘中選抜特訓を受講>
 スキー疲れと花粉症に風邪が重なり入院。5年生はスロースタートになりました。皆さんも体調管理には気をつけてください(僕が言うのも何ですが…)。プレチューターの山下正明先生の勧めもあり、社会特訓をやめて最高レベル演習理科を受講しました。懇談で「灘中を目指せるお子さんです」とお話があったと聞き、この頃から灘中を意識するようになったと思います。公開テストも習熟度確認テストも十傑に入るようになり、ベーシックのクラスは4年生からずっとPC0でした。0組をキープすると、席順が気になってきます。僕の通う谷九教室には、不動のエースのO君がいました(O君がすご過ぎて、僕は家で彼のことを「日本の宝」と呼んでいました)。2人で復習テストの点を争い、学習サポートルームでは宿題を競って仕上げ、友だちであり良きライバルでした。彼がいたからこそ、楽しく勉強できたのかもしれません。O君、ありがとう。是非、後輩の皆さんも僕みたいに共走できる友だちをたくさん作ってください。

<6年生:ベーシック、最高レベル演習算数・理科、志望校別特訓、灘中トップ合格養成講座を受講>
~2月~
 この頃には、谷九教室のみんなと一緒に灘中に行きたい! と思うようになっていました。志望校別特訓は灘コースを選択、N0でスタートしました。チューターは黒田学園長に決まりました。第1回灘中入試実戦テストはC判定で合格。合格したものの、トップとの差は120点。この差は縮まるのだろうかと不安になりましたが、学園長から「入試までに追いつけばいい」とのお言葉をいただき、僕は僕のペースで頑張ろうと思いました。

~3月~
 新型感染症感染拡大の影響により希学園が2週間の休講になり、松田先生に質問に行きました。その際に、「中学への算数」の取り組み方を教えていただき、授業でノートを提出してみてもらいました。交換日記みたいで楽しく取り組めました。3月の第2回灘中入試実戦テストもC判定で合格。

~4月、5月~
 緊急事態宣言により本格的に休講に。Zoomでの授業が楽しみで、休み時間に画面越しに友だちと話すことがとてもリフレッシュになりました。Zoomのおかげで谷九教室のみんなとも更に仲良くなれたように思います。時間があったので、5年生のときに提出した灘プリント理科を毎日やり直して全部を復習しました。第1回プレ灘中入試はB判定で合格。

~6月、7月~
 国語の成績が安定しなかったので、僕は「日めくり国語教室」教材をいただきました。年末まで毎日取り組み、齋藤先生に添削していただきました(継続は力なり! 秋以降、国語の成績が伸びました)。寡黙なイメージの齋藤先生ですが、優しくて実は面白いのです。僕は齋藤先生からたくさんのアドバイスをいただき、国語がだんだん好きになりました。皆さんも齋藤先生にいろいろと相談してみてください(丁寧に宿題を仕上げることが条件になりますが。笑)。7月の志望校別特訓はN1に落ちました。悔しかったので、1か月でN0に戻ることを目標に、志望校別特訓の宿題に力を入れるようにしました。

~8月~
 志望校別特訓はN0に復帰。公開テストも3位。調子がよかったので、油断をしたのでしょうか。悲劇が起こります。第2回プレ灘中入試で合格最低点に7点届かず、初めての不合格。何が悪かったかを分析し反省、次の灘模試でのリベンジを誓い、それまでの灘中模試をやり直しました。そして、8月末の第3回灘中入試実戦テストは算数Ⅱが1位で、B判定14位で合格。ほっとしました。思い返せば、この負けが僕を強くしてくれました。松田先生よりいただいた「“負けたことがある”というのは、いつか大きな財産になります」というメッセージは、今でも机の前に飾っています。

~9月~
 志望校別特訓の算数復習テストで34点を取りました。N0で最低点だったので、かなり落ち込みました。もう一度解き直して、次の日に松田先生に分析をお願いすると、「自分を過小評価しすぎ。もっと自分に自信を持て!」と言われました。次の復習テストで持ち直し、ギリギリN0をキープできました。第4回灘中入試実戦テストは、B判定11位で合格。この頃から志望校別特訓の宿題が更に増えました。それまでと同様に宿題を2~3回したかったので、最高レベル演習算数をやめました。

~10月、11月~
 ベーシック灘が始まりました。谷九教室のリーダーに指名されました。チーム谷九! みんなで一緒に頑張ろうという雰囲気作りを心掛けました。テストゼミは毎回丁寧にやり直し、自分のミスを分析することが次につながりました。最高レベル演習理科の宿題の2回目を、時間を計ってスピードを上げて取り組んできたことや、休講時に灘プリント理科を復習した成果なのか、志望校別特訓の理科は11月12月ともに総合1位を取ることができました。第5回灘中入試実戦テストはC判定で合格。四谷大塚の灘中模試は、厳しい合格ラインをクリアすることができB判定で合格。自信になりました。

~12月、入試対策(第Ⅰ期)~
 相変わらず算数Ⅰが苦手でした。時間を見つけて、算数Ⅰのテストゼミを先生方のアドバイスを意識しながら、テスト形式で解き直しました。すると、攻め方や時間配分がわかってきました。早寝早起きの練習を始め、朝に宿題をしていました。

~1月、入試対策(第Ⅱ期)~
 元日からの3日間のプレ入試はいずれも合格。プレ灘中入試は国語Ⅰと理科が1位で、なんと総合2位! プレ東大寺学園中入試は、国語が1位で総合6位でした。本当に僕の成績表? と自分で自分を疑ったくらいです。どちらも初めてのA判定で、とても自信になりました。“勝って兜の緒を締めよ”さらに気を引き締めて、隙間時間も語句テストや理科の暗記テストの復習をして暗記分野を固め、本気で勉強しました。

 僕は公開テストや灘模試の前日には必ず学園長にチューター面談をお願いし、アドバイスをいただいたり、雑談をして和ませていただいたりしていました。灘コースの集会時の学園長は怖い(厳しい)ですが、本当はとても優しいのです。そのことを知っていることが僕の自慢でした。灘中入試直前、チューターノートの最後のページに、「本当に強くなってくれたと思う。先生も自信を持って送り出せる! と言い切れます!」とのコメントをいただきました。この言葉を胸に自信を持って入試に向かいました。

<函館ラ・サール中学校入試>
 国語・・・普通。自信あり。
 算数・・・やや簡単。自信あり。
 理科・・・「三密」を間違えた。微妙。
 結果・・・合格。合格でしたが、順位を見てみると3ケタ台。気を引き締めました。

<灘中学校入試1日目>
 やるべきことはしてきた。あとは落ち着いて、力を灘中の先生に伝えるのみ!
 国語Ⅰ・・・苦手な かなづかい が出た。ヤバい。自信なし。
 理科・・・・生物思考問題がなく解きやすかった。まあまあ自信あり。
 算数Ⅰ・・・簡単。わからなかった1問以外を完璧にした。自信あり。

<灘中学校入試2日目>
 当日特訓で1日目は簡単だったので、勝負は2日目と言われました。
 最大級の落ち着きを持って、自分の力を出し切りました。
 算数Ⅱ・・・難しかったが、しっかり戦えた。自信あり。
 国語Ⅱ・・・普通。まあまあ自信あり。

<東大寺学園中学校入試>
 国語・・・時間がきつかった。まあまあ自信あり。
 算数・・・解きやすかった。自信あり。
 理科・・・時間がきつかった。微妙。
 結果・・・合格。

<清風中学校入試 プレミアム最終選抜>
 国語・・・簡単。自信あり。
 算数・・・簡単。自信あり。
 理科・・・簡単。自信あり。
 結果・・・特別給費生で合格。

<灘中学校合格発表>
 清風中学校入試後、車で灘中へ向かいました。今年は特別にホームページで発表されていましたが、両親に見ないように釘をさしていました。車の中では緊張していました。灘中の体育館に入り、自分の受験番号「180」を見つけた時は、思わずガッツポーズが出ました。本当に嬉しかった!! すぐに学園長と抱き合いました。母を見ると泣いていました。灘コースの先生方が笑顔で迎えてくださり、それまでの努力が報われた最高の瞬間でした。

<最後に>
~ 後輩の皆さんと保護者の方へ ~
 低学年のうちは、漢字検定などを利用して漢字をしっかり覚えることや計算力をつけておくことをお勧めします。高学年になると宿題が多くて、漢字を筆順から覚えている暇はありません。計算力は、実は算数だけでなく理科の計算問題にも必要で、スピードがなければ最後の問題まで到達しません。僕は漢字検定や公文で、これらの力がついていたことが非常に助かりました。そして、宿題は丁寧に理解するまで取り組んでください。“わかった”と“できる”は違います。僕は“できる”の感触をつかむまで、宿題を2~3回取り組みました。大変ですが必ず力がつきます。応援しています。

~ 後輩の灘コース生の皆さんへ ~
 10月以降の授業で過去問を使ってテストゼミをします。夏以降、過去問をしたくなりますし、すべきではと不安になりますが、手をつけるとベーシック灘や入試対策のテストゼミで弱点がわからず、先生方から的確なアドバイスがいただけるチャンスを逃してしまいます。僕も不安でしたが、先生方を信じて、過去問はしませんでした。まずは、希学園の教材(志望校別特訓算数の教材は、単元ごとの過去問です)をしっかりと学習することをお勧めします。自分を信じ、希学園の先生方を信じて、ついていってください。皆さんの合格を祈願し、ひと足先に灘校で待っています!

~ お世話になった方々へ ~
 僕が灘中に合格できたのは、希学園との出会いがあったからに他なりません。チューターとして良い時も悪い時も温かく励ましてくださった黒田学園長、算数の力を最大限に伸ばしてくださった松田先生、苦手だった国語を得意になるまで成長させてくださった齋藤先生、理科の面白さを教えてくださった江見先生、浅田先生、三倉先生、その他灘コースのたくさんの先生方、本当にありがとうございました。谷九教室で楽しい授業でご指導くださった先生方、片岡さん、田村さんをはじめとする谷九教室の事務員の方々、本当にお世話になりありがとうございました。そして、共に頑張ったみんな、ありがとう。共走できたことに感謝します。
 最後に、いつも応援し温かく見守ってくれた両親に感謝します。ありがとう。
 灘中に入っても、頑張ります!! 楽しかった希学園、ありがとう!!

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