難病に負けない 〜最後列から灘中学合格への道〜

難病に負けない 〜最後列から灘中学合格への道〜

灘中学校

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 合格最低点+8点。ぎりぎりで合格した僕に合格体験記寄稿のお願いが届きました。大きな声で言えるような成績ではない僕は断ろうと思いました。でも一番の味方でいてくれた西川(大)先生への恩返しになって、後輩の皆さんの役に立てるかもしれないと思い書くことにしました。

<2年生>
 最高レベル演習算数を受講していました。とても楽しくて算数が大好きになりました。コロナ禍でしたが灘校の文化祭の抽選に当たり参加しました。灘生に「いつか君が案内役になるんやで。待っているよ」と言ってもらえてすごく嬉しかったです。

<3年生>
 ベーシック国語・算数、社会特訓、最高レベル演習算数、最高レベル演習理科を受講しました。灘クラブ特訓の資格を得られたので西宮北口本部教室で受講しました。黒田先生の算数がとても楽しかったです。

<4年生>
 ベーシック国語・算数・理科、社会特訓、最高レベル演習算数を受講しました。この頃からやる気や元気がなくなってきて、灘クラブ特訓にも行かなくなりました。最高レベル演習算数も6月でやめてしまいました。ベーシックも宿題ができてなくて塾も休むようになりました。ベーシッククラスはPC2、社会特訓は3組でした。

<5年生>
 ベーシック国語・算数・理科、社会特訓、最高レベル演習算数を受講しました。兄が楽しそうに通学している東大寺学園中学が第一志望でした。頑張ろうと思うのですが、しんどくて学校の授業中に寝るようになり、希学園の授業も聞くのが精一杯でノートを書く余裕がなくなってきました。宿題は字も汚く適当に提出していました。灘中選抜特訓も4月以降行かなくなりました。楽しかった卓球教室や学校の音楽同好会の朝練もやめました。ベーシッククラスはPC1~PC2、社会特訓は1組~2組でした。

<6年生>
<志望校別特訓[第Ⅰ期]>
 東大寺学園中学が第一志望校の4科受講でした。先生の勧めで志望校別特訓は灘コースでスタートしました。チューターは西川(大)先生でした。成績は灘コース全体の下から3番目でした。文字通りの最後列でした。苦手な国語はポリックで個別指導をお願いしました。2月に意識障害のためとうとう入院しました。原因はACTH単独欠損症というコルチゾールというホルモンが出なくなる病気で、重い倦怠感、低血圧、低血糖が起こる難病でした。薬で治療を開始しましたが体調は戻らず一日中寝ていることもありました。志望校別特訓のクラスはずっとN3、ベーシッククラスは2A~3B、意地だけで灘コースに残っていました。

<志望校別特訓[第Ⅱ期]>
 僕の成績で灘中に行けるわけがないと思い、5月の希学園の灘中イベントや文化祭にも参加しませんでした。暗記が苦手な上に体力もないので6月に社会特訓をやめて3科に変更し、最高レベル演習理科を開始しました。しかし、理科は難しすぎて宿題が進まず、その日に事務所におられる理科の先生を見つけては繰り返し質問をしていました。これが質問魔になったきっかけでした。志望校別特訓のクラスはN2~N3、ベーシッククラスは2B~3Aでした。

<夏期講習・夏期合宿>
 夏期講習・夏期合宿のために薬を増やして夏期合宿は無事にこなせました。夏期合宿では希学園卒業生の激励がありました。灘中模試で10回中2回のC判定合格しかなかったけれど、諦めずに努力して灘中に合格した先輩の話を聞いて、僕でも合格できるかもと本気で思うようになりました。8月の第2回プレ灘中入試で不合格なら灘コースを撤退すると両親に言われていたので、必死に臨み初めての合格をもらいました。この頃から算数の直し・間違いノートや語句ノートも始めました。

<志望校別特訓[第Ⅲ期]>
 本格的に灘中を目指すようになりました。宿題は必ず2回しました。ポリックで4年生、5年生で抜け落ちた理科の穴埋めを始めました。灘コースのみんなより遅れをとっていましたが、追いつこうとコツコツ日々の課題に取り組みました。体調に波はありましたが、体調のいい時に集中して課題を終わらせていました。志望校別特訓のクラスはN0~N1、ベーシッククラスは0B〜2Bでした。

<志望校別特訓[第Ⅳ期]>
 みんなが受験モードに入って僕も頑張りましたが、志望校別特訓の成績は少し下がってしまいました。しかし、取り組んだ分だけ成長していると信じてあきらめず勉強を続けました。志望校別特訓のクラスはN1~N2、ベーシッククラスは0B~1Bでした。

<入試対策期>
 灘中関連模試は不合格が多く、結局合格は2回だけでした。最後の第3回プレ灘中入試も19点足らずの不合格でした。それでも西川(大)先生は大丈夫と励ましてくれました。この時期のテストゼミは一定の手応えがあり結果も悪くなかったので最後まで頑張ろうと思いました。

<灘中関連模試の結果>

<入試本番>
【岡山中学 12月20日】

 初の前受け。緊張はしなかったが、Sスカラーは不合格。Aスカラー合格。12月なのでこれから仕上げればいいと思い落ち込まなかった。

【北嶺中学 1月8日】
 兄と同じ特待合格がほしくて意気込んだが、結果はまさかの437位(1257人中)で特待合格は遠かった。この順位でも灘中は受かる。あきらめないで!

【灘中学(1日目) 1月17日 午前】
 前日特訓を受け、おやすみコール後早めに就寝した。
 当日はミニ講義を受けて受験会場に向かった。シュプレヒコールは気合いを入れた。
 国語Ⅰ:語句を最後まで頑張ったので手応えあり。
 算数Ⅰ:間違い直しノートで取り組んだ問題だ! 見た瞬間に落ち着いて取り組めた。
 理 科:難しくてあまり手応えがなかった。
 おやすみコールでは算数Ⅰの内容を西川(大)先生に聞いて安心して寝られた。

【灘中学(2日目) 1月18日 午前】
 算数Ⅱ:算数Ⅰの手応えがあったため、安心し過ぎて守りの気持ちが強くなりやらかした。大失敗・・・。
 国語Ⅱ:算数Ⅱを挽回するためにそれまで受けたどのテストよりも集中した。棒線部を含む一文をしっかり読むなど、希学園の先生のアドバイスが試験中に頭に降りてきた。
 得点源の算数のできが良くないため不安な気持ちのまま灘中の入試が終わった。

【西大和学園中学 1月18日 午後】
 灘中学2日目午後の入試。体力に余裕がない僕は車で寝て移動した。
 国語:知っていた物語が出てラッキー!
 算数:問題数が少なかった。捨て問以外は解けた。
 理科:体力切れで集中力が低下して計算問題ができなかった。

 自信がなくて「灘中学も西大和学園中学も落ちた・・・」と気持ちが沈んだままホテルに戻った。おやすみコール後もあまり気持ちが整理できないまま寝た。

【東大寺学園中学 1月19日】
 朝、灘中学も西大和学園中学も落ちたと思っていた僕は、藁をもすがる思いで同じ状況の合格体験記をスマートフォンで探した。母に「同じ30分を過ごすなら、合格体験記で安心したい? それとも目の前のテキストを開ける? あなたはどちらを選ぶの?」と聞かれた。
 黒田学園長から届いた年賀状(受験中お守りとして持ち歩いていた)に書いてあった「悔いのない入試」を思い出し、最後まであきらめずに頑張ろうと僕は自分で作った語句ノートを開けた。
 国語:時間配分を間違えず最後まで解答できた。
 算数:かなり手応えあり。ミスがないように丁寧に解いた。
 理科:灘コースの演習と似ていて問題を落ち着いて読んだら理解できた。
 受験した学校の中で最も手応えがあった。

 試験終了後に西大和学園中学に合格したことを両親から教えてもらいとてもホッとした。

【灘中学 合格発表】
 朝から気持ちが下がっていて落ち着きませんでした。予想していた合格最低点には届いていないと自己分析していたからです。それでも自分の目で結果を確認しようとパソコンをクリックしたら「合格」の二文字が飛び込んできました。予想していなかったので「え〜っ!?」としか言葉が出ませんでした。すぐに西川(大)先生に電話しました。岡本教室に向かい先生方に祝福してもらいました。とても嬉しかったです。四条烏丸教室の仲間とも喜びを分かち合いました。結果は以下の通りで得意な算数ではなくて苦手な国語Ⅰ、国語Ⅱが合格者平均点を超えていました。

<灘中学入試の結果>

【東大寺学園中学 合格発表】
 翌日は東大寺学園中学に合格発表を直接見に行きました。結果は合格で僕の受験は終わりました。合格発表会場でお世話になった先生方と写真を撮ったりチューターノートにメッセージを書いていただいたりしました。

後輩のみんなへのメッセージ
(1)頑張ろうと思っているのにうまくできない時、しんどい時
 自分を責めず近くの大人にすぐに相談してください。絶対に解決策はあります。大丈夫!

(2)病気になって気づいたこと
 当たり前に塾に行き、当たり前に授業を受けることがどれだけありがたいことかを知りました。
 僕は健康な体がなくなってはじめて気づきました。何でもできる時に頑張っておきましょう。

(3)入院中、体調が悪い時の反省
 病室にタブレットを持ち込んで点滴をしながらビデオをみて宿題をしましが、勉強の質が悪すぎて身についていませんでした。結局後にやり直すはめになりました。病気や怪我などで休養を要する時は焦らず回復に専念したほうが良いです。後からでも間に合います。大丈夫!

(4)規則正しい生活
 僕は朝6時に薬を飲むため必ず起きます。夜は体力がないので23時には寝るように決めていました。もっと勉強したくて両親と言い合いになることもありましたが、西川(大)先生にも睡眠が大切だと言われました。結果的に集中力がアップして良かったです。

(5)宿題の完成度と丁寧さ
 普段の宿題の完成度が学力の定着に繋がったと思います。時間を測って取り組み、分析もしました。この積み重ねが入試当日でも役立ったと思います。

(6)質問魔
 僕は先生にびっくりされるくらい質問に行きました。知らない先生にでも聞きました。こんな簡単な問題を聞いたら叱られるかもしれないと思うこともありましたが、どの先生も叱らず丁寧に教えてくれました。1人の先生で腑に落ちない時は、同じ問題を別の先生に聞いたこともあります。怖くない! 大丈夫!

(7)苦手な科目(国語)
 苦手な国語はポリックで浅田先生に毎週添削をしてもらいました。灘コースの先生と連携して僕の個別対策をしてくれたので苦手意識が徐々に取れました。6年生の春は公開テストで偏差値43でしたが、最終的には偏差値64まで上がり灘中本番でも合格者平均点を超えるところまで伸ばしてもらいました。苦手科目が武器になることもあります。伸びしろがたっぷりあると思って苦手科目も頑張ってください。

(8)語句ノート
 志望校別特訓で先生が言う通り書き出し続けました。1冊のノートがいっぱいになりました。知らない間に語句に強くなっていました。

(9)公開テストや灘中関連模試のテストの直し
 テストは自分の穴を知る材料で、その穴を埋める作業が大事です。テストの全科目間違い直しノートを作って各教科の先生に添削してもらいました。コメントや豆知識ももらえて嬉しかったです。どこがポイントだったのかを書いて残し何度も目を通しました。効果絶大でおすすめです。

(10)算数直し・間違いノート
 志望校別特訓、ベーシック算数、最高レベル演習算数、各種イベントなどの理解不十分や間違った問題をピックアップし、父に算数の間違いノートを作ってもらい穴を潰していきました。1ページに1問ずつ問題をコピーして貼ってもらい、その下に自分の解答とその問題のポイントを書くようにしました。ノートはチューターの西川(大)先生に全て添削してもらいました。このノートは10冊以上になりました。灘中入試の算数Ⅰで2問的中し、取り組んでおいて良かったと思いました。

(11)言霊(ことだま)・諦めない思い
 僕は灘中を本格的に目指した9月から、絶対に受かる! と言い続けました。根拠はありません。でも言霊が僕に見えない力をくれたと信じています。

(12)成績はきれいな右肩上がりにはならない
 成績はきれいな右肩上がりにはならず、ジグザグな上がり方をすると西川(大)先生に教えてもらいました。この先生の言葉を信じて成績が下がった時もあきらめず毎日コツコツ頑張れたのが良かったです。

(13)宝物 チューターノート
 面倒かもしれませんが自分を分析するには最高のノートです。絶対に出してください。心配ごとでもいいので何でも書きましょう。受験の当日も何度も読み返しました。合格発表の時も持っていき先生方にたくさんメッセージをもらいました。僕の希学園での一番の宝物です。

(14)最強の守り神! チューター西川(大)先生!
 僕は両親から灘コースを反対された時期もありました。でも西川(大)先生はずっと僕の味方でした。気持ちが折れそうになった時も西川(大)先生がいてくれたから頑張れました! チューターには遠慮せずに本音を言ってください。必ず大きな力を貸してくださいます。

 僕は特別な才能もなければ、特別なこともしていません。希学園のテキストと先生を信じて、真面目にコツコツと取り組んだだけです。今目標に届いてない人、諦めそうになっている人、闘病しながら頑張っている人に僕の体験記が目に留まることを願っています。
 今、この瞬間からでも間に合います。応援しています。頑張れ希っ子!!

【心からの感謝を込めて】
 最後まで一番の味方でいてくださった西川(大)先生、幼い僕に算数の楽しさを教えてくださった黒田学園長、最後列から灘中合格に導いてくださった灘コースの先生方、熱心に丁寧に教えてくださったベーシック・最高レベル演習・社会特訓の先生方、たくさんの質問に答えてくださった全ての先生方、苦手科目を最強の武器に変えてくださったポリックの先生方、いつも学びやすい環境を作ってくださった四条烏丸教室のスタッフの皆さま、共に走ってくれた仲間、両親、兄、親戚に感謝します。ありがとうございました。

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