マイペース受験、やりきりました

マイペース受験、やりきりました

東大寺学園中学校

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【4年生】
 僕は2年生から3年生までの2年間、シンガポールに住んでいました。帰国してから希学園(谷九教室)で入塾テストを受け、PC2のクラスからスタートしました。最高レベル演習算数、最高レベル演習国語もふくめて、全部の授業を受けていました。プレチューターは沖先生でした。沖先生はめちゃくちゃ面白い先生で、授業を受けていると社会が好きになります。4年生の間は、テニス、英語、プールの習い事も続けていて、忙しかったけれど、なんとか回せました。宿題は、その日に出た分を学習サポートルームでできるだけ終わらせる。家では無理をしすぎない。だいたいそれですごしていました。
 クラスは、1学期はPC2のままで、夏期講習でPC0に上がりました。その後はPC0とPC1を行ったり来たりしました。

【5年生】
 5年生のクラスはPC0からスタートしました。塾に通う日数は週4日のままだったので、4年生のときの取り組み方のまま、同じペースで回せました。でも、成績はずっと順調だったわけではないです。PC0から始まったのに、次のクラス替えでPC2まで落ちて、先生方にびっくりされました。でもその次のクラス替えでPC0に戻れたので、またびっくりされました。最後はPC1で落ち着きました。
 5年生くらいから志望校を考え始めました。祖父と父親が東大寺学園出身だったので、僕も自然と東大寺学園中を目指すようになりました。

【6年生】
<春>
 あまり強く意識しないまま6年生が始まりました。「さぁやるぞ」というより、「ついに始まってしまった」という感じでした。6年生になっても、宿題はその日のうちに、できるだけ終わらせる。そこは変えませんでした。宿題を早めに終わらせられた日は、自分へのごほうびを考えるのが楽しみでした。
 それまでがんばってきたおかげで、5月の「第1回プレ東大寺学園・大阪星光学院中入試」ではA判定で1位でした。ベーシックのクラスは5年生から続けてPC1のままで、わりと安定していました。

<夏>
 地獄の夏休みが始まりました。でも僕はあまり変わらずマイペースで、周りに抜かされてしまうこともありました。しかも夏期合宿は途中で心が折れて、初日で帰ってしまいました。そのときは先生方に迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なかったです。こんな僕が言うのも変ですが、夏期合宿は行った方がいいと思います。実際、この合宿で目の色が変わる人を何人も見ました。
 夏期合宿から戻った後は、弟と数日間気分転換をしました。そんな中で受けた「第2回プレ東大寺学園中入試」では、何とか合格判定をもらえたけれどぎりぎりでした。これまでは4科目はちょっと波があっても全体ではまとまっていたのに、この頃から算数、理科がちょっと苦手かも、と思い始めました。

<秋>
 夏の影響が残って、なかなかやる気が出ない時期でした。でもベーシックPが始まって、周りががんばっているのを見て、僕も少しずつ自分のペースを取り戻せました。
 成績も少しずつ戻ってきて、10月末の「第3回プレ東大寺学園中入試」では、前より良い成績で合格判定が出ました。国語、社会は安定してきました。算数、理科は相変わらずで、いちばん手ごわいなと思っていました。

<冬>
 この時期になると、「やる気」とか「気持ち」を考える暇もなくなってきます。毎日、朝9時から夜21時まで塾にいました。大変そうに聞こえるかもしれませんが、授業は「テストゼミ」が中心なので、思ったよりはしんどくなかったです。正直、夏休みの方がずっと辛かったです。宿題を全部塾で終わらせるのはさすがに無理でしたが、少なくとも1科目分は自習時間に終わらせるようにしていました。塾から帰って30分だけしていたゲームが、心のオアシスでした。
 秋から冬にかけてはしんどい日が多かったけれど、学校の友達としゃべったり遊んだりする時間がすごく助けになりました。学校も休まず行って、短い時間でも公園で遊ぶと気持ちがリセットできました。
 年明けの「第4回プレ東大寺学園中入試」でも合格判定をキープできました。国語、社会は相変わらず安定していて、算数、理科も、悪い意味で相変わらずでした。もちろん、算数、理科の先生に相談しながら、弱点克服できるようにがんばりました。最後のプレ入試で安心できる結果が出せなかったのは残念ですが、直前の1か月~2か月、ちゃんとがんばれたことが、本番での自信につながったと思います。

【入試本番】
<北嶺中>

 合格。
 初めての公式な受験で、もっと緊張すると思っていたけれど、意外と落ち着いて受けられました。長机での受験だったので、どうしても隣の子の動きが目に入ってしまいます。だからこそ、気にしないようにするのが大事だと思いました。

<大阪星光学院中>
 不合格。
 直前に過去問をやりこんだので、感触はそこまで悪くありませんでした。開示された点数を見ると、国語、理科、社会は過去問より取れていました。でも、算数で大きく失敗していました。去年より平均点が上がっていて、問題もやさしくなっていたのに、テスト中に気づけませんでした。緊張していないつもりでも、どこか落ち着けていなかったのだと思います。
 不合格は、2日目の西大和学園中午後受験の後、東大寺学園中受験を翌朝にひかえたタイミングで父親から聞きました。頭の中が一瞬まっ白になりました。その後、帰りの車の中で父親といろんな話をしました。どこがダメだったのか、なぜそうなったのか、逆にどこができていたのか、明日に向けてどう気持ちを整えるか、どうやって自信を取り戻すか、どこに気をつけるか。ショックは大きかったけれど、話しているうちに少しずつ前を向けた気がします。
 その夜のおやすみコールで、希学園の先生から「過去に大阪星光学院中を落ちて東大寺学園中を受かった先輩もたくさんいるから、心配しなくていい」と言われて、少し安心しました。最後に、「実力を出せれば絶対大丈夫だから、気合いを入れて受験してこい」と喝も入れてくださいました。その言葉で、「明日はやるしかない」と思えました。母親は言葉は多くなかったけれど、いつも通りのおいしい晩ご飯を作ってくれて、近くにいてくれて、それだけで落ち着きました。そのおかげでぐっすり寝ることができました。
 あとから聞いた話では、不合格を知った後、両親と沖先生で「僕に結果を伝えるかどうか」相談していたそうです。でも僕を信じて伝えてくれたことに感謝しています。

<西大和学園中>
 合格。
 大阪星光学院中の不合格を聞く前だったので、落ち着いて受けられました。西大和学園中は特に時間配分がむずかしいので、そこに気をつけました。国語のテストでNHK朝ドラの一場面がそのまま出てきて、びっくりしました。母親と一緒に朝ドラを見ていてよかったです。
 合否は東大寺学園中の試験中に出ていましたが、両親には先に見ないでほしいと頼んでいました。東大寺学園中の試験後、お迎えの車で結果を見ました。言葉では言い表せないほどうれしくて、「中学受験を終われるんだ」と思ってほっとしました。

<東大寺学園中>
 合格。
 大阪星光学院中の不合格を知った後で、西大和学園中の合格を知る前だったので緊張しました。でも両親や希学園の先生としっかり話せたおかげで、その緊張を前向きな力にできたと思います。マイペースな僕の受験の中で、初めて「本気」になった瞬間でした。沖先生のシュプレヒコールでも、初めて本気で拳を突き上げました。
 4科目とも大きなミスはなく、やりきったと思える形で終えられました。
 合格発表の日、家で合否を確認した後、両親と車で東大寺学園中に向かいました。そのせいで到着が少し遅れてしまい、他の塾の先生はもう帰っている中でも、希学園の先生はみんな待っていてくれました。講堂に入った時、担当してくださった先生方が駆け寄ってきてくれました。名前を呼ばれて、「おめでとう!」と言ってくれました。肩を抱き寄せてもらって、そのときやっと実感がわきました。あの光景はたぶん一生忘れないと思います。

【最後に】
 この結果につながったのは、良くも悪くも3年間マイペースに取り組めたからだと思います。マイペースだからこそ、受験が近づいてもあまり盛り上がれなかったところもありました。でもマイペースだったからこそ、3年間コツコツ続けられたとも思います。最後も両親や先生方をハラハラさせてしまいましたが、マイペースで積み上げてきたものがあったからこそ、最後にこの結果を出せたのだと思っています。

 ありがとうございます!
 沖先生、今仲先生、藤井先生、松田先生、西川先生、久保先生、田中(健)先生、山添先生、大谷先生、富田先生、津田先生、坂東先生、西尾先生、飯田先生、小谷先生、佐生先生、北川先生。そして、僕の4年生~5年生を支えてくださった先生方。

 ありがとう!
 お父さん、お母さん。そして、じいじ、ばあば。

 ありがとう!!!

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