
この春、第一志望だった六甲学院中学校に進学することが決まりました。
僕は、希学園に通った3年間のほとんどを下のクラスで過ごし、六甲学院中学校のA日程にも落ちてしまいました。正直、とても悔しくて、心が折れそうになったこともありました。でも、「絶対に六甲学院中学校に合格したい」という気持ちだけは、最後まであきらめませんでした。その結果、B日程で合格することができました!
たくさんつらいこともあったけれど、あきらめずに努力を続けて本当によかったと思っています。この経験が、今勉強を頑張っているみんなの力になれたらうれしいです。
【4年生~5年生】
僕は4年生から希学園に入り、ベーシック算数・国語・理科、社会特訓を受講していました。4年生のプレチューターは永原先生、5年生は井口先生でした。クラスはPC7~PC9を行ったり来たりしていて、一度も上のクラスに行くことはできませんでした。
当時の僕はサッカーチームに入っていて、6年生の試合にも行っていたので土日はほとんど試合でした。練習と試合の合間に急いで宿題をしていたため、集中して取り組めていなかったと思います。それでも宿題は忘れずに出していたし、算数もA問題までは必ず取り組み、時間があればB問題も解いていました。でも、復習テストではなかなか点が取れず、公開テストも良い結果が出ませんでした。5年生の終わりごろはずっとPC9のままで、「こんなに宿題に取り組んでいるのに、どうしてテストで点が取れないんだろう」と悔しい気持ちでいっぱいでした。
6年生に上がる前の志望校別特訓のコースを決める時、六甲学院・須磨学園コースの下限値にギリギリ届かないくらいでしたが、なんとかコースに入ることができました。ただ、その成績も一番偏差値を持ちあげてくれたのは社会でした。六甲学院中学校の入試には社会がないのに、社会を抜くと偏差値が足りなくなってコースに残れないかもしれないと思い、僕は地理や歴史が好きだったこともあり、6年生でも社会を続けることにしました。
【6年生】
6年生のチューターは森(匠)先生でした。6年生になると宿題の量が一気に増え、志望校別特訓[第Ⅰ期]も始まり、宿題が全然回らなくなりました。「このままではいけない」と思い、サッカーを一旦休部することにしました。サッカーをやめるのはとてもつらかったけれど、六甲学院中学校に行きたい気持ちの方が強かったです。
志望校別特訓[第Ⅰ期]では一番後ろの席で、「この中で僕が一番下なんだ…」と焦りを感じていました。そんな時、3月に六甲学院中学校の学校説明会に行きました。学校の雰囲気や、校舎から見える景色がとてもきれいで、「絶対にこの学校に行きたい!」と改めて強く思いました。この気持ちが、僕の勉強のやり方を変えるきっかけになりました。
お母さんが森先生に、それまでの勉強法や社会を続けるべきか相談してくれました。森先生は、「本当に六甲学院中学校に合格したいなら、社会をやめて、その時間を国語・算数・理科に使うべきです。コースに残ることが目的じゃないですよ」とアドバイスしてくれました。僕は得意だった社会をやめ、その代わりに実戦レベル演習算数を受講することにしました。算数の森本先生からは、「例題・類題・A問題をしっかり2回解き、固め直しとテスト直しまで完璧にすること」と教えてもらいました。僕はその通りに、例題・類題・A問題を必ず2回ずつ解き、B問題はできる時にできるところだけ取り組み、無理にB問題まで進めるのではなく、まずはしっかり基礎の部分を丁寧にすることにしました。そして授業のない火曜日と木曜日にも必ず開放自習室に行き、宿題を進めるようにしました。すると、復習テストで少しずつ点が取れるようになってきました。社会をやめたことで時間に余裕ができ、理科も同じように2回ずつ取り組み、国語も学習らんをしっかり書くようにしました。そのおかげで夏ごろにはクラスが8Aに上がり、学園長杯争奪テスト大会ではグループ4位で盾をもらうことができました。自分でも成績が上がってきているのを実感し、勉強が少し楽しくなってきました。
でも、第1回プレ洛星・六甲学院・高槻中入試ではD判定で不合格。初めてのプレ入試だったので、まだ「これから頑張れば大丈夫」と思っていました。
【夏休み】
夏休みは毎日、夏期早朝サポートルームに通いました。夏期講習の宿題は「その日のうちに終わらせるのが理想」と言われていましたが、僕はなかなか終わらせることができず、家に帰ってからも宿題をして寝不足の日が続きました。それでも必死に食らいついて勉強しました。
その結果、8月の公開テストでは過去最高の偏差値を取り、クラスは7Aに上がることができました。その後8Aに下がることもありましたが、最後の公開テストでは国語で偏差値55となり、6Aになることができました。
【入試直前】
12月、通常講座が終わり入試対策(第I期)が始まりました。六甲学院中学校の過去問を初めて解いた時はボロボロで、計算ミスや問題の読み間違いが多く、お母さんにかなりきつく注意されました。次の日からはケアレスミスをしないように気をつけて取り組み、だんだん6割以上取れるようになりました。でも点数の上下が激しく、原因はほとんどケアレスミスでした。点数が悪かった日は、お母さんと帰り道で、取るべき問題の取りこぼしはどこか、テストの時間配分は正しかったのかなどを分析し、次の日に改善するようにしました。その積み重ねで、過去問では点数も安定してきました。
しかし、お正月のプレ六甲学院中入試ではE判定。ついに森(匠)先生に呼ばれ、「このままでは合格は厳しい。志望校を変えるか、あと2週間全力でやるか決めなさい」と言われ、点数が取れない自分が嫌になり、悔しくて家に帰って泣きました。でも志望校を変える気は全くなく、「あと2週間全力でやる」と決めました。
そこからは総合問題演習、「最後の砦」、「暗記の完成」を必死にやり込みました。
入試対策(第Ⅱ期)で、六甲学院中学校B日程の過去問を解きましたが、なかなか点数が取れなくA日程よりも苦戦しましたが、A日程の過去問の時と同じく諦めずにテスト分析は続けていました。
入試前日、おやすみコールでは、森(匠)先生と松谷先生と永原先生と話しました。永原先生から理科では、「地震」と「熊の生態」の分野が出るかもと言われたので、寝る前に、図鑑やサブノートなどで確認しました。
【入試本番】
【前受け】岡山中学校
合格したけれど東大・国立医学部コースではなく難関大コースだったので、あまり嬉しくありませんでした。
【1日目午前】六甲学院中学校 A日程
国語は緊張で文章が頭に入らず、記述も2つ書けませんでした。算数は簡単に感じたけれど、理科は難しく、不合格でした。
【1日目午後】夙川中学校 第2回
算数が難しく、国語は簡単でしたが、不合格。
【2日目】開明中学校 中期A
六甲学院中学校A日程と夙川中学校第2回の結果を聞いて落ち込み、激励に来てくれた藤原先生が声をかけてくれましたが、受験前に泣いてしまいました。でも藤原先生が「絶対大丈夫。まだ終わってないから」と言ってくれて、気持ちを切り替えて受験できました。結果はスーパー理数コースで合格。初めての合格でとても嬉しかったです。
【3日目】夙川中学校 第3回
手応えはあったのに不合格でした。
試験前、激励に来てくれていた森(匠)先生が「終わったら希学園で六甲学院中学校B日程の対策をしよう」と言ってくれて、気持ちが救われました。本当は塾に行きたかったけれど、合格している子がたくさん報告に来ているだろうから、家で勉強しようと思っていました。先生のことばで希学園に行く勇気が出て、六甲学院中学校B日程に向けて前向きになれました。
六甲学院中学校B日程対策では森(匠)先生、森本(悠)先生、松谷先生が来てくれて、国語のトレーニングの分野をやり込み、森本(悠)先生が作ってくれた2026年度六甲学院中学校B日程のテストゼミでは、意外と点数が取れていて自信につながりました。森(匠)先生は国語の過去問を集めてくれて、残りの時間を全力で取り組みました。
【4日目】六甲学院中学校 B日程
算数は難しかったけれど、国語はA日程の反省を生かして落ち着いて解けました。
結果は… 合格!!!!!!
信じられない気持ちで、すぐに先生たちに報告したいと思いました。お母さんが希学園に電話してくれて、森(匠)先生に合格を伝えました。その後、森本(悠)先生や藤原先生からも電話があり、直接お礼を言いました。
最後に
僕が六甲学院中学校に合格できたのは、希学園の先生たちがずっと支えてくれたからです。成績が悪くても見捨てず、コースに残してくれて、最後まで僕の合格を信じてくれました。本当に感謝しています。
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